60からのしあわせさがし ~bistrotkenwoodの日記

徒然日記、料理教室、学習障害、お一人様、外国との縁

ラベンダーの思い出

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ラベンダーにはたくさんの思い出が詰まっている。私にとってラベンダーは南仏を象徴する花だ。

若い時、エクサンプロヴァンスという南仏の大学町で語学研修をした夫は、プロヴァンスをこよなく愛し、機会をみつけては、スイスからパリから、何度も連れて行ってくれた。訪れるたびにラベンダーとの様々な出会いがあり、私は次第にプロヴァンスもだが、ラベンダーの魅力にとり憑かれていった。

一番印象に残った思い出を一つだけ挙げなさいといわれたら、南仏のセナンク修道院のラベンダーだろう。リュベロン地方の小高い山々の山奥にひっそりと建つ、戒律が厳格なシトー派の小さな修道院だ。

装飾を排したロマネスク様式の修道院の前庭一面にラベンダーが整然と植えられていることで知られている。南仏の土産物店には、修道院を背景に紫に咲き誇る花の絵葉書が必ずと言っていいほどあった。

初めて訪れたのは、まだ冬の名残りを感じる4月初頭。地面から少し上のところで刈り取られた状態で冬を越したラベンダーたちは、修道院と同調するように、ねずみ色一色で、うら悲しい風景だった。しかし、そのような姿でも、近づくとほのかにラベンダーの香りが風にのって漂ってきた。さすが、アロマの世界に君臨する香りの一つだ。

この時から、いつかラベンダーの季節に再訪したい!と思った。その願いが奇跡的に叶ったのは、帰国まで1ヶ月と迫る7月。エクスへの夫婦での出張だったのだが、急に予定がなくなった日に、思い立ってレンタカーをして訪れることにした。片道2時間以上かかっただろうか。

ようやくたどり着くと、はたしてラベンダーは…、咲いてはいたが、二、三分咲きくらいだった。思い描いていた、香り立つ紫のじゅうたんには、まだ少し早かった。京都の桜の名所の山寺をはるばる訪れたら、桜がまだ二分咲きだったときの外国人観光客の気持ちはきっとこんな感じにちがいない。それでも、清貧という言葉がぴったりの、慎ましやかな佇まいが心を打つ景色だった。

 

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帰国から10ヵ月で夫はこの世を去ったが、セナンク修道院のこの控えめなラベンダーの写真は、夫の小さな書斎の壁の写真パネルの一つに納まって飾られている。夫にとっても、大好きな南仏の大切な思い出となっていたのだ。

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チャペルでは、質素な白い修道服を纏った修道士が数名、祈りを捧げていた。

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