60からのしあわせさがし ~bistrotkenwoodの日記

徒然日記、料理教室、学習障害、お一人様、外国との縁

グランマ・モーゼズ展

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昨日、世田谷美術館で開催しているグランマ・モーゼズ展を観に行ってきた。

素晴らしい内容だった。絵はもちろん、グランマモーゼズの数々の言葉に心動かされた。

「モーゼズおばあちゃん(グランマ)」の愛称が物語る通り、アメリカ東海岸の寒い地方の農村で101歳という長寿を全うした農婦(1860-1961)。75歳になって初めて絵を描き始め、80歳頃に偶然に画商に見出された人なのだ。

モーゼズおばあちゃんが育った子供時代、主婦として母として農作業をしながら子どもたちを育てた時代の村の日常と風景を描いている。今日的にいえば「変化が少ない」「単調な」日々。しかし季節は確実に巡り、一日として同じではなく、生業とする農作業も年中行事も村人たちは大切にし、自然と共生しながら暮らしていた。食糧や羊毛などは無論のこと、蝋燭や石鹸まで自給自足の世界に生きたグランマモーゼズ。

1940-50年代にかけて、アメリカ社会は急速に発展し、人々の生活はどんどん便利になり"豊かに"なっていった。そんな時代に世に出たグランマモーゼズの絵に、アメリカの人々は古き良き時代を見出し、自分たちが失いつつあるもの(自分たちで抹消しつつあるもの)に強い郷愁を感じたのだろう。当時の最も有名な週刊誌「Life」の表紙に取り上げられるほどアメリカ国民に知れ渡り愛される存在となった。

グランマモーゼズの絵や言葉が人々の心を打つのは、それが警鐘を鳴らすためでもメッセージを送るためでもなく、楽ではなかったはずの人生の中の幸せな記憶や日常を、あるがままに淡々と表現したからだと思う。そして、亡くなる直前まで、ほとんど変わることのない筆致で、窓から見える美しいものたちを描きつづけた精神力に圧倒されるからだと思う。

グランマモーゼズの絶筆となる作品は「虹」。亡くなる前年の100歳で描いた絵だ。いつもと変わらぬ風景の木々の向こうに、グランマが一番好きな淡く美しいピンク色で虹が描かれている。最後の最後まで、自然、調和、美しさ、希望に満ちた澄んだ心で前だけを見て生き抜いた人生だったことが窺える。

オーディオガイドのナーレーションに耳を傾けながら全作品を鑑賞し、最後に「虹」の前に立った。俳優・吉岡秀隆の温和な語りと辻井伸行のピアノの調べを聞きながら、思わず涙が込み上げてきた。

山あり谷ありの人生の道を歩んできて老いの入り口に立つ今、「いかに歳を重ねていくか」「いかに最後の日まで生き続け、生き通すか」ということをこの絵は教えてくれているように感じた。

感動の一日となった。