人生には「タイムリー」と呼べる瞬間があると思う。大袈裟な書き出しだが、先日訪れた大塚国際美術館(徳島県鳴門市)は、私にとってまさにタイムリーな訪問だった。西洋美術に限ってみれば、今までの人生で観る機会に恵まれた名画たちのレプリカを、名実ともに一堂に会した空間でみることができた。
5年間暮らしたヨーロッパを離れて11年、夫を亡くして10年の今がベストタイミングだったと感じた。独りになった後にも、幸運にもオランダのゴッホ美術館、ロンドンのナショナルギャラリー、そしてこの夏のイタリアで、今回のレプリカの原画を数多く観れた。
しかし、今回の訪問で一番気づかされたのは、今からおよそ半世紀近く前の大学生時代に参加した「ヨーロッパ美術の旅」がいかに贅沢な内容であったかということだった。大学の美術史の先生が引率するツアー。美術史専攻でなくても在校生ならば誰でも参加できるツアーだったので友だちと申し込んだ。ギリシャのアテネを起点に、デルフィ、ミラノ、フィレンツェ、アッシジ、シエナ、ローマ、マドリード、トレド、バルセロナ、パリ、シャルトル、カンタベリー、ケンブリッシ、ロンドン(自由行動でさらに、パドヴァ、オックスフォード)を2週間以上かけて巡った。空は灰色一色の寒い2月の旅だった。
今回、「アッ、この絵見たことある!」と50年前の記憶が呼び覚まされたことが何度あったことか。ミラノのダ・ビンチの「最後の晩餐」は、修復前と修復後の絵が同室に向かい合って展示されていたが、じっと見入ったのは当然、かつて観た前者だった。私にこの旅をプレゼントしてくれた祖父母に心から「最高の贈り物をありがとう!」と心の中で手を合わせた。
その一方、夫と共に観た「孤高の画家」と呼ばれるセガンティーニの大きな三部作(スイス)、また、フランス東部のコルマールという小さな町の教会にある有名な祭壇画のパネル(観音開きで表裏に描かれている)の実物そっくりの複製まであったのには感動した。ヨーロッパに住み、スイスやフランスの多くの名作を観る機会を与えてくれた夫にも改めて感謝した。
大塚美術館訪問は、私にとって西洋美術の総復習にとどまらず、自分が歩んできた人生そのものの道を、なぞるように振り返る機会となった。言葉では形容できない豊かな「なにか」で心を満たしてくれた。10年前でも、10年後でもなく「今」だからこそと言える名画たちとの再会となった。