60からのしあわせさがし ~bistrotkenwoodの日記

徒然日記、料理教室、学習障害、お一人様、外国との縁

デーケン先生のご著書

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欧米社会では学問として確立していた死生学を、日本に取り入れて広めたデーケン先生の教えを、この機によく知りたくて、ご著書の中から一冊選んで取り寄せた。(友人は、死生学関連の勉強会などで、先生から教えを受けていたので、「神父様」よりも「先生」の敬称を使うことが多い。今回から友人に倣うことにする。)
1996年に出版された本なので中古本だ。
6年前に夫が病死して以来、看取りと死について自分の身近な問題として考えてきた。それだけに、死について、デーケン先生がどのように体系立てて語られているのか、本を注文した時から到着を心待ちにしていた。
昨日届いた。商品には帯もきちんと付いていて、まるで新品のようだった。
手に取り、背筋をただして本のタイトルと向き合った。そして表紙をめくった。次の瞬間、想定外のものが目に飛び込んできた。
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もしや、デーケン先生の直筆のサイン?!
友人に写真を送って「もしかして??」と尋ねた。
ほどなくして下の写真と共に「いま本を確認。そうですね デーケン先生のサインです❤️」(サインの上の方には、友人のお嬢さんに宛てて名前が書かれていた。)
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10日前に亡くなられたデーケン先生が、目の前に現れたような、不思議な感動に包まれた。
40年以上前に、上智大学の哲学科研究室の近くを通る機会が何度もあったのに、そして、開講されて間もなかった「死の哲学」という講義の存在を知りながら、私は若さと未熟さ故に、受けようと思わなかった。その私に「いつからでも遅くないですよ。今があなたにとって、よい時期なんだとおもいますよ」と、イエズス会の神父様らしい温かいまなざしでほほえみかけてくださっているような気がした。信仰がない者が軽々しく使うべきではないと思いつつ、神様の啓示のようにさえ感じられた。