60からのしあわせさがし ~bistrotkenwoodの日記

徒然日記、料理教室、学習障害、お一人様、外国との縁

喪服

7/8の夕方ほど、喪服を着たくないと思ったことはない。夫が死去したとき以上の拒絶反応。日本のみならず世界中に衝撃が走った安部元総理の襲撃事件の直後のこと。
その日はある方の偲ぶ会に18時から出席する予定になっていた。撃たれたとの速報が入って以来、テレビの前から離れられなくなった。亡夫が、一国家公務員としてお仕えし、その最後の10ヶ月は特にお世話になった。夫の死去後のお心のこもった弔意は、未亡人として畏れ多く感じつつ、心打たれるものだった。それだけにこのような形で命を落とされたショックは言葉にならない。

心肺停止の報道が繰り返される中、なんとか一命をとりとめていただきたいと祈りながら、偲ぶ会に着ていくために吊るしてあった喪服を恨めしく眺めた。濃い紺の服に替えようかと悩んだ。しかし諸事鑑み、黒い服に袖を通し、重い足取りで都心へ向かう。「こんな時に喪服なんて…。縁起でもない…」という冷たい視線に合うだろうと構えていたが、人々は気にかけている様子もない。平然としている周囲が不思議にすら思えた。
会場に着くと、立派な花の祭壇に素敵な笑顔の遺影。公私ともに素晴らしい人生を全うされた故人のお写真のスライドショーも映し出されていた。米寿を目前にしてのご逝去を悼む声が聞かれる一方、見事な生涯を讃える明るさも感じとれた。
早めに会場を失礼し、メトロに乗ると同時にスマホを二時間ぶりに開く。飛び込んできたのは、安倍元総理ご逝去の報だった。残酷な事実を突きつけられ 、マスクの中で唇を噛んだ。
兄嫁や息子から次々とラインが届く。
「着たくなかった喪服が、本当に喪服になってしまった…」と書きながら、夫の死に至るまでの日々が脳裏に甦り、こみ上げる涙をぐっとこらえた。
玄関を入ると、まっすぐに夫の遺影の前に行き、この悲しいニュースを声に出して伝え、涙した。

喪服のまま過ごそうと思ったが、暑い自宅ゆえ、黒い上下に着替えて二階へ。食堂の高い席に総理と夫のツーショットの写真を据え、ビールを注いで献杯。このような場所での無礼を詫びつつ手を合わせご冥福をお祈りした。
ビールグラスをはさんだ向こう側からこちらを見る二人は、戻って来ることのない遠い世界にいる。
8年と二週間前に、総理は畏れ多いことにこの屋根の下で夫の亡骸に手を合わせてくださった。その総理が突然、あちら側の世界へと旅立たれてしまわれたという信じられない現実を突きつけられ、いまだ深い悲しみの中にいる。