60からのしあわせさがし ~bistrotkenwoodの日記

徒然日記、料理教室、学習障害、お一人様、外国との縁

柿の木

若い頃から、四季のなかで秋、それも晩秋が一番好きだった。どんよりと曇った空の下、隣の家の柿の木からヒヨドリがキーツと甲高い声をあげて飛び去っていく景色は、私の原風景のひとつだ。
錦織り成す紅葉よりも、うら悲しい秋の風情が好きな年寄りじみた子どもだった。将来が未知数の若さゆえ、憂いを秘めたものにひかれたのかも知れない。
60を過ぎてみると、澄みわたる秋の空もいいものだと思うようになった。失いつつある明るいものへの渇望なのか。
それにしても、いつの頃からか、隣の家の柿の木がなくなってしまった。枝がしなるほど実をたわわにつけた年もあったかと思うと、ほとんど実がならない年もあった。今も同じ場所に住み、同じ窓から柿の木を眺めるだけに寂しく思う。隣家に限らず、近所の柿の木も年々姿を消してしまった。
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昨日、いつもと違う道を歩いていたら、久しぶりに柿の実に出会えた。この当たり前の日本の秋の景色が、都会に住む者の風景から失われていくのは残念なことだ。
ーーこのように思うのは、年寄りになった証拠なのだろう…