60からのしあわせさがし ~bistrotkenwoodの日記

徒然日記、料理教室、学習障害、お一人様、外国との縁

パリ発、コンポステラへの道

あともう一日だけこのテーマにお付き合いいただきたい。
パリが、聖地巡礼の出発点の一つであり、巡礼ゆかりの場所が市内の、それもパリのど真ん中にあることを知っている日本人観光客はどれだけいるだろうか?
ルーブル美術館とパリ市庁舎の間にあるサンジャック(聖ヤコブ)の塔がまさにそれである。
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もともとは教会の一部だったが、フランス革命の時に教会は破壊され塔だけが残った。かつて巡礼者たちはここから出発し、シテ島の真ん中を縦断して南下していった。カルチェラタンを南北に貫くその道の名前は、rue St. Jacques、サンジャック通り。
人々はまずはツール市をめざす。ここから更に多くの信者が合流し、はるかスペインにある聖地へと向かう。
[聖ヤコブの塔の詳細については下記参照⤵️]
https://paris-rama.com/paris_spot/032.htm
カトリック教徒が多いフランスでは、この巡礼の道を、今日に至るまで特別な思いをもって大切にしている。ちょうどパリに住んでいた2012年に、記念切手が発行されたことも、そんな一例といえるかもしれない。
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[切手に記されている四大出発点は、パリ(ツール)、ヴェズレー、ルプュイ、アルル]
キリスト教徒でもないのに、私は若いころからこの巡礼の道の存在に、漠然とながら興味を持っていた。それだけに、人生の後半に初めてフランスに1年半ほど住んでみて、「サンジャック」が、フランスの地理から文化まで、随所に浸透していることに驚き、そのたびに子どものように「また、み~つけた!」とうれしくなったのだ。なんとコンポステラへの道に特化したフランス全土の大きな地図まで(歩く予定もないのに)買ってしまった、(笑)😅!
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[青く太い線が四大ルートの一部。パリは中央上部。地図には、聖ヤコブに関連した史跡や見るべき場所が細かく記号でマークされている]

(蛇足だが…、ホタテ貝は、フランス語では「コキーユ(貝)・サンジャック」!)
ーーこんなプチ・オタクのたび重なる記述に長らくお付き合いいただきましてありがとうございました 🙇。

聖ヤコブの巡礼地

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コンポステラへの巡礼の道について書いたが、それぞれの宗教に、それぞれの巡礼の道があると改めて感じている。
日本でも古くからお伊勢参り、熊野詣などがある。
ヨーロッパ・キリスト世界の場合、多くの信者は、遥かエルサレムではなくコンポステラを目指すことになる。一極集中型の巡礼と言えようか。
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[左下に聖地コンポステラがある]
近年では、この巡礼の旅は一種のブームとなっていて、信者以外にも世界中から多くの人が聖地を目指して歩く。私の親戚夫婦(信者ではない)も、数年前、何日もかけて300キロ以上歩いて聖地入りを果たしたと語ってくれた。
フランスに住んでいたとき、運転好きの夫と様々な地方に旅をした。そうして訪れた町や史跡を散策しているとき、石畳に金色のホタテ貝の印が埋め込まれているのにたびたび遭遇した。「へぇ~、ここもコンポステラへの巡礼の道だったんだ」と思ったものだ。
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[南西部のカオール市にある史跡指定された橋の上で発見!(手前下)]
サンティアゴ・デ・コンポステーラという地名だが、スペイン語の「サンティアゴ」は、フランス語では、サンジャック、英語ではセントジョセフ、そして日本語になると聖ヤコブ。キリストの使徒の一人である聖ヤコブが埋葬された場所とされている。
そして、聖ヤコブのシンボルがホタテ貝なので、巡礼にまつわる場所やものにホタテ貝が多用される。その筆頭が、石畳の中のホタテなのだ。ちなみに、最近では旅の参加者の中に、リュックにホタテ貝を何枚も吊り下げて、カラカラと鳴らしながら歩く人もいるらしい。巡礼気分が盛り上がるのだろう。

ところで、2021年は聖ヤコブの聖年だそうだ。聖ヤコブを祀る日である7月25日が日曜日に当たるからだ。例年以上にこの日を目指して世界中から多くの信者が集まってくる日となる(はずだ)。
折しも日本では、7/23にオリンピックが開幕する予定だ。
全く別次元の式典だが、コロナワクチンが効を奏し、人々がいまよりも自由に往来できるようになっていることを、世界中のどれだけ多くの人が切実に祈っていることだろう。

巡礼地と豆のル・ピュイ

仏・ルピュイ町の伝統的な手工芸品であるボビンレースについて二日に亘って書いたが、ルピュイの地名でフランス人が連想するものがあと二つある。緑のレンズ豆と大聖堂だ。
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花より団子のようだが、食の方から簡単に説明すると、フランス人にとって、レンズ豆と言えばルピュイ産だ。日本で見かける褐色のものとは違う。一回り小さく緑がかっている(写真の箱の窓の中が実物だ)。しかし、食感も旨みも、大粒の親戚よりも味わい深い。日本で「丹波の黒豆」というように「ルピュイの(緑の)レンズ豆」と必ず記される。
ーー以前ブログで取り上げたので参考まで。
「スローフード」
https://bistrotkenwood.hatenablog.com/entry/2020/04/28/173611

もう一つの町の象徴はカテドラル。パリのノートルダム大聖堂などの華麗なゴシック様式よりも年代が古いロマネスク様式。東方のビザンチン様式の影響も見られる大聖堂で、ユネスコの世界遺産にも登録されている。
中世以来、ヨーロッパ・キリスト世界の人々にとって、聖地と言えば、サンティアゴ・デ・コンポステラ(現在のスペイン国内)。信者たちはコンポステラを目指して巡礼の旅に出た。
ルピュイの大聖堂は、フランスのキリスト教徒にとっては巡礼の旅の出発点の一つ、あるいはまた、更に遠くから来る人々には、大事な巡礼ポイントの一つだった。
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[34年前に訪れた際の写真。家族のフォトフレームに夫が選んで納めてあった]
ちなみにレンズ豆の箱の(まるでモンサンミシェルのような)小さい絵は、すぐ近くの岩山に建つサン・ミシェル・デギュイ礼拝堂。巡礼者たちは、視界の彼方にこの礼拝堂を見つけると、ルピュイ大聖堂が近いことを知り、長旅の疲れを忘れ、はやる気持ちで足早にルピュイを目指したことだろう。
いずれにしても、ルピュイ(正式名は、ル・ピュイ・アン・ヴレ le Puy en Velay)は、フランス国土のおヘソの少し下あたりに位置するので、巡礼の道としても、交易路としても、人々が東西南北から集まる要衝の地だった。
最後に、ルピュイのレース工芸に戻るが、一説には、レースで有名なイタリアのヴェネチアからその技術がもたらされたと言われているのもそのためだ。

サンシュユの花

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近くの公園でサンシュユの花が満開を迎えていた。ロウバイと入れ替わるように、慎ましやかな黄色い花を咲かせていた。やはり満開の梅や河津桜に人々はカメラを向けるが、足を止めてこの小さい花を愛でる人は少ない。
生け花の花材として用いられたとき、この花の味わいが一番引き出されるのかもしれない。しかし、屋外で黄色い霞のように咲く姿を仰ぎ見る時、まもなく里山にも訪れる春本番の使者のように映り、野山の春を待ちわびている自分に気づく。

蘭の花とレース

今朝、蘭の花が一輪咲いた。一昨年の暮れにいただいた蘭が、枯れずに一年を乗り切り、二株からなんと6本もの花芽のついた枝を伸ばしてくれたのだ。
あまり手入れしていなかったので、花は小ぶりだし、つぼみも少ない。しかし、けなげに花を咲かせてくれた。
なんともいとおしい。
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ところで昨日、ル・プュイのレースについて書いたが、蘭の鉢の下に敷いてあるのが、34年前に母とル・プュイを訪れた際に私が買ったものだ。母のクロスは新品のまま眠っていたが、私のは、四半世紀以上にわたって、窓に近い低いサイドボードが定位置(いつもはガラスでカバーしている)。華やかすぎず、しかし部屋を上品な雰囲気にしてくれる陰の立役者だ。
今朝も、初々しい蘭の花を引き立て、幸せな一日の始まりにしてくれた。

思い出のかたち、レースのクロス

ヨーロッパの伝統工芸品の一つであるレースについて、ほとんど知識がない。ただ、二度ヨーロッパに住んだおかげで、各地のレースに触れる機会を得ていたと今になって思う。
母の物を片付けていたら、テーブルクロスやドイリーがたくさん出てきた。その中に、フランスのル・ピュイ製のボビンレースのテーブルクロスがあった。かつて80年代に、スイス・ジュネーブに住んでいた私たち家族と母とで、フランス南部、南西部を1500キロほど走る自動車旅行をした時に、有名な大聖堂を見るためル・ピュイを訪れた。その際にレースに出会い、母が求めたものだ。
レースと言えば、純白でエレガントなものを連想するが、ル・ピュイのは、十分に手は込んでいるが、きなりでどこか素朴な雰囲気が漂う。一説には、フランスのレースの中で最も歴史が古いものの一つであるらしい。
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隣の家で不要になって引き取ったばかりの円卓にのせてみたらぴったり!普段から使うことにした。
今までだったら、来客の時にだけ登場させたと思うし、自分一人の寝室で使うなど考えなかったが、タンスの肥やしにするくらいならば使おう!と決めた。朝に晩に目のなかにそっと入ってくる。その都度、旅の思い出が脳裏に甦り、優しいレースの風合いに心豊かな気分になる。
思い出の品でプチ贅沢、いいものだ。

ちなみに、日々ものを置くので、近くのホームセンターで厚みのある透明ビニールを買い、円形にカットして表面を覆って保護した。
やっぱり庶民・主婦感覚からは抜け出せない、苦笑😃💦

早春の野鳥観察会

週末に、地元の野鳥観察会に初めて参加した。区の広報誌を通じて申し込んでいたのだ。この地域を拠点に活躍する日本野鳥の会の重鎮お二人が参加者を二組に分けて引率してくださった。
ウォーキングでいつも訪れている池なのに、専門家の視点と解説つきで見ると、かくも多くの発見と学びがあるものだと驚かされた。新しい野鳥に出会えた訳ではなかったが、鳥の生態などで知らないことが多かった。
例えば、初冬に飛来したときは地味な色だったカモが、冬の間に次第に色味を帯びた羽に代わり、2月頃にはカップル誕生に繋がっていくという。たしかに(冬の池に行くことから遠退いていたので)11月初旬に久しぶりにみたオナガガモの雄の姿が、過去の記憶よりも地味で「???」と思ったし、最近のカイツブリがきれいな「茶髪」になっていて「こんな色だったっけ?」と不思議に思っていた。なるほどこのところ、カップルで泳ぐカモたちが増えてきたな~と思っていたところだった。なじみのカルガモたちもペアの姿をよく見かける。
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カップルではないが、今日は、カワセミが2度も私たちグループの前に姿を見せてくれた。それも、初心者でも見やすい日当たりのよい場所で。背中に午前の光りが当たり、美しい瑠璃色に輝やくという大サービス♡!
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[お腹のオレンジ色もしっかりと。上がメス、下がオス]
私が参加したグループを引率した専門家のT氏は、鳥の話に留まらず、池の周りに植生する珍しい木や花についてや、それらが登場する古典文学、名前の由来について解説したり、池の変遷やこぼれ話など、様々な角度から取り上げて話をして下さり、実に面白かった。
公園には池が二つあるのだが、下池の方の遊歩道の石畳は、かつて都電のレールの敷石だったとの説明を聞いてへぇ~?!!
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幾度となく歩いている石畳だっただけにビックリだった。「都立の公園ですから。それに(近くの)○○駅まで昔は都電が来ていたわけですし」との説明で納得した。
正午過ぎ、いつもにも増して心満たされた気分で坂道を上って家路についた。